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2009.10.16 新しいブログに統合しました。

栃木県ブログ:「世界は栃木県から半径100km圏内」

世界は栃木県から半径100km圏内 - 旧谷中村を訪ねる。

久しぶりのノスタルジックハント。
今日は渡良瀬遊水地へ旧谷中村を訪ねました。

Tochigi100km2009101601-20091016-162206X.jpg

レポートは新しいブログ「世界は栃木県から半径100km圏内」よりご覧ください。

このブログは終了とし、以降は「世界は栃木県から半径100km圏内」に統合したいと思います。

今後もノスタルジックハントは行ってゆきますので、引き続きよろしくお願いいたします。
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2009.10.16 新しいブログに統合しました。

栃木県ブログ:「世界は栃木県から半径100km圏内」

祝! 100年前の松木村 蘇る!!!

嬉しい!
森びとブログ」で、遂に100年前の松木村が蘇ったそうです。

私が松木村を訪問した際にイメージしたノスタルジック映像は下画像です。

Nostalgic_20090504X0300.jpg


イメージは随分合致していましたが、こんなものは所詮Photoshopでグリグリ作ったデジタルに過ぎない。

本物の『絵』、イメージをご覧ください。
すばらしいです。

『森びとブログ - 松木村が蘇りました』


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栃木県ブログ:「世界は栃木県から半径100km圏内」

足尾 松木村 続報!!! 星野金治郎~現代に繋ぐ!!!

<< 足尾銅山鉱毒事件を追え![エピローグ]からの続き

ノスタルジックハンターは、今日から仕事でした(涙)。
この現実が受け止められない・・・。

実はノスタルジックハンターは仕事があまり好きではないのです。
いつまでもノスタルジックにふけっていたい。(うぇ~ん)。
大好きなお酒を飲みながら、ブログを書いていたい!(涙)。
・・・、何度も言うように、ノスタルジックハンターは、中身は子供なんです。
Nostalgic_20090506X100.jpg

さて!気を取り直して!!!
前回、松木村は1901年に廃村となり、住民がいなくなったような情報を伝えました。
でも実は1950年くらいまで松木村にすみ続けた人物がいたのです。

彼の名は『星野金治郎』!!!

1901年12月、足尾銅山側と交渉が行われ、残留村民24名(24家族)全員が、全村を銅山側に4万円で売却し一年以内に移転することで合意が成立した。救済会が仲介を行ったのは、松木の荒廃が鉱毒被害であるというように銅山側が事実上認めたためであるとされている。

松木の不動産の所有権移転登記が行われたが、村民の星野金治郎は別の用があり、当日、登記に参加できなかった。これに対し、銅山側は登記日が同一ではないと困ると苦情を申し立てた。これに対し星野は激怒。移転登記は行わず、死ぬまで絶対に松木から出ないと宣言した。星野とその息子の2名を除く残留村民23名は、足尾鉱毒被害救済会に感謝状を贈り、村を出た。なお、星野以外の不動産所有権移転登記は主に1901年12月27日に行われ、1902年1月までに完了した。

星野は宣言どおり村に住み続け、立ち退こうとしなかった。移転登記が行われなかったため、銅山側も合法的に星野を旧村外に移転させることができなかった。銅山側は、たまたま星野宅付近に銅山施設で使用する水の取水口があったことから、星野は取水口の水番として雇っているということにして、それ以上星野に立ち退きを求めなかった。

銅山側は買収した松木の土地を堆積場とし、『カラミ』などを次々に捨てはじめた。しかし、堆積場に行くためには、星野の土地を通らなければならなかった。星野は銅山側が土地を通ることを認めなかったため、ここでも紛争がおきてしまった。この紛争は後に星野が移転するまで続いたという。

最終的に、旧松木村の下流部に足尾ダムができると、1951年ごろ(1949年説あり)、星野親子は村を出て完全に無人化、約1200年にも及ぶ歴史にひっそりと幕を下ろしたのである。

そして現在。
『100年以上前の松木村を再現したい!』という活動がある。
この中で、最新の松木村の情報を伝承している人物が『川田勉』という人物。
この人物が伝えている情報は、先の『星野金治郎』の息子『星野金平』から聞いた情報だそうだ。

つまり、
"松木村廃村"→『星野金治郎]』→『星野金平』→『川田勉』→"現代"に情報が伝達されたのである。

そして今、100年以上前の『松木村』が、正確に復活しようとしている。
(私がPhotoshopでグリグリやった映像ではなく・・・。)

このことから歴史を伝えるために必要なのは、

技術的な媒体ではなく、人々の記憶なのである!

ということ。

ノスタルジックハンターは、松木村の活動を心からに支援したいと思っています。

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足尾銅山鉱毒事件を追え![エピローグ]

<< 足尾銅山鉱毒事件を追え![旧松木村を訪ねる]からの続き

今回の足尾はいかがでしたか?
余りにも強いノスタルジックにより、私は少し風邪をひいてしまいました。

最後に「旧松木村無縁石塔」を紹介し、今回のノスタルジックハントを閉じたいと思います。
Nostalgic_P100019300.jpg

こちらは、1956年(昭和31年) に旧松木村の無縁仏を合祀したものです。
合祀されている龍蔵寺は、製錬所の目の前にある。
Nostalgic_P100019400.jpg

遠くに見えるエントツは、足尾銅山製錬所のものです。
この場所に合祀することは、どのような意味があったのでしょうか。

さて、今回のノスタルジックハントはここでおしまい。
Nostalgic_20090504X0500.jpg

「足尾銅山」と「田中正造」までを線で繋ぐことができました。
別の機会に渡良瀬の地へ訪問し、旧谷中村を訪問することで、田中正造という人物について踏み込んで調べてみたいと思います。

では、この名言で締めくくりたいと思います。

真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし
(田中正造1912年(明治45年)6月17日付日記より)


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足尾銅山鉱毒事件を追え![旧松木村を訪ねる]

<< 足尾銅山鉱毒事件を追え![足尾環境学習センター]からの続き

松木村を訪ねたい。
そんな衝動を抑えられず、私は家族を同伴し松木村へ向かいました。
Nostalgic_P100014100.jpg

松木村は、銅親水公園の展望台を超えて進みます。
そこは、親水公園や植林の進んだ観光モードの足尾とは全く違う世界が広がっていました。
Nostalgic_P100014300.jpg

風は終始、製錬所方向から松木村方向へと吹いています。
谷が煙突のような役割を果たし、亜硫酸ガスを松木村へ運んだのでしょう。
Nostalgic_P100014600.jpg

周囲には当時から手付かずと思われるような「ハゲ山」がそびえます。
Nostalgic_P100014800.jpg

山は完全に死んでいます。
人は高い代償を払いました。高度発展の影で、いとも簡単に自然を破壊したのです。
何でもそうですが、壊すのは一瞬。

「ハゲ山」ができてしまったのは、亜硫酸ガスだけが原因ではありません。
亜硫酸ガスで土が死んでいったのは事実ですが、それに加えて人による無計画な森林伐採も大きな原因となっています。
銅を作るためには、大量のマキが必要だったのです。
さらに、坑道を支えるためにも木が大量に必要だったと予想されます。
追い討ちとなったのは、度重なる森林火災だったのでしょう。
Nostalgic_P100015200.jpg

銅親水公園から1時間くらい歩いたでしょうか。
目の前に突然、黒い光景が現れました。
Nostalgic_P100015300.jpg

Nostalgic_P100015400.jpg

『カラミ』です。
これは銅精錬の過程で生じる銅スラグです。
カラミの上には、決して植物は生えません。育ちません。
この物質を山に捨てるという行為が、ノスタルジックハンターには理解できません。
Nostalgic_P100015600.jpg
Nostalgic_P100016000.jpg

1901年(明治34年) 松木村が廃村となってから、この一体は製錬所のカラミ捨て場と化してしまったのです。(人はいったいどこまで愚かなのでしょう。)

カラミ捨て場から程なくして、私は松木村に到着しました。
それは余りにも寂しい光景。
Nostalgic_P100016300.jpg

松木村跡の石碑です。
公害により村を捨てることになった悲しみと怒りが、この物言わぬ石碑から伝わってきました。
Nostalgic_P100016600.jpg

この辺りがちょうど平地なので、松木村の中心だったと思われます。
当時は「公害」なんて言葉はありません。
製錬所ができてから、常に黄色いモヤが掛かってしまった松木村。
それまでは、緑にあふれ、人々の幸せな光景が広がっていたのでしょう。

・・・うぅ(涙)。
ノスタルジックパワー!全開!!!


一瞬でもいい!戻れ松木村の風景よ!!!






一瞬、緑の空気が流れた。鳥のさえずりと子供の声・・・。


Nostalgic_20090504X0300.jpg

あぁ、廃村になる前の松木村。きっとこんな安らぎの風景だったのでしょう。
いつまでもこの平和な景色を残してあげたかった・・・。

さようなら、そしてありがとう。『松木村』。


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身近な景色、見慣れた風景からノスタルジックを探索します。
俺は『ノスタルジックハンター』
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