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2009.10.16 新しいブログに統合しました。

栃木県ブログ:「世界は栃木県から半径100km圏内」

足尾銅山鉱毒事件を追え![足尾環境学習センター]

<< 足尾銅山鉱毒事件を追え![全ての起点-足尾銅山製錬所]からの続き

製錬所の亜硫酸ガスによる煙害と、田中正造を結びつける何かが足りない・・・。

家族サービスを兼ねてやってきたのは、「銅親水公園」
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立派な橋だ。
橋の入り口に、この橋に関する解説が書いてあったが、日本語がやや分かりづらい。

Nostalgic_P100011500.jpg

こちらが足尾ダムです。
天然ミストが飛んできてとても清涼感タップリ。

Nostalgic_P100011600.jpg

Nostalgic_P100011700.jpg

こうして見ると、足尾も随分植林と観光地化が進んだように見えます。
もう以前のような"はげ山"は少なくなっているのかな?
Nostalgic_P100017700.jpg

家から持ってきた手作り弁当を食べ、写真右奥にある「足尾環境学習センター」へ向かう。

足尾環境学習センターでは、足尾に関係する自然や鉱物、もちろん銅山の歴史など、さまざまな情報が展示されてある。(大人 200円、高校生以下 100円)

子供にはビデオや、ボタンを押すと該当位置にランプがつく模型などをいじらせておく。
私はひたすら年表を見て必要な情報をメモ。買うと高い歴史の本を見ながら情報を収集。

そして遂に、私は決定的な、そして衝撃的なキーワードに出会いました。『松木村』
Nostalgic_P100013900.jpg

足尾銅山発展の歴史は、同時に松木村衰退の歴史でもあったのです。

松木村には戦国時代から人々が住んでおり、農林業を行いながら穏やかに生活していました。こんもりと松の木が茂る里だったようです。(恐らくこれが「松木村」という名前の由来)

1877年(明治10年) 足尾銅山は「古河市兵衛」の経営に移り、ここから急速に発展。
            (古河橋の由来は、恐らくこの人の苗字)。

1884年(明治17年) 直利橋製錬所(現在の製錬所の起源)が作られる。
            (古河橋の前は、直利橋という名前だった事実に一致)。

1885年(明治18年) 製錬所の煙に含まれる亜硫酸ガスの被害が松木村を襲い始める。

    製錬所の周囲、松木村などは、常にモヤがかかったような状態であったようです。
    これは、芥川龍之介の「日光小品」でも以下のように書かれています。
    「黄色い硫化水素の煙が霧のようにもやもやしている」(小説@Pediaより)
    松木村では、農作物の収穫量がどんどん減っていったようです。
    それでも松木村の人々は畑を耕し、愛した村で生活しようと必死に頑張りました。

    ・・・そして、野焼きを行う時期にあの出来事が起きたのです。

1887年(明治20年) 松木大火 (大規模な山火事)が発生。
    もともと亜硫酸ガスが染みこんでいた木々、山は一気に燃え、
    松木村を焼き、長屋を焼き、製錬所の一部や、直利橋も焼きました。

    荒れ果てた姿になった松木村。それでも人々は松木村を離れようとはしなかった。
    再び松木村をよみがえらせようと、種を巻き、畑を耕したということです。

しかし、すでに土は死に始めていたのです。

    当時の松木村の人口は 267人と記録されています。

1897年(明治30年) 鉱毒予防工事命令により、煙害除去のために「脱硫塔」が完成。

1898年(明治31年) 煙害は無くなるはずだったのだが、煙害はさらにひどくなった。

そして遂に、土は完全に死んでしまったのです。


1900年(明治33年) 松木村の収穫は皆無となり、困った村人達は県に働きかけを開始。
             村人の代表者が、田中宅を訪ねるため松木村を出発。
     田中宅とは、当時渡良瀬川の鉱毒問題で戦っていた『田中正造』その人である。

1901年(明治34年) 収穫の無くなった松木村の人々は、遂に村を捨てた。
             松木村は廃村となった・・・。

・・・。うぅ、グズッ(涙)。 悲しい歴史。

でも、点は線で繋がった。
『足尾銅山』→『亜硫酸ガス』→『松木大火』『松木村』『田中正造』

"松木村を訪ねたい!!!"

ノスタルジックハンター、この衝動は抑えられない。

夕暮れまで時間はある!。
行こう!松木村へ!!!


>>足尾銅山鉱毒事件を追え![旧松木村を訪ねる] へ続く。

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comment

Secret

No title

実に興味深い話です。
「松木大火」は集落(村)の火事だったとは。
俺はてっきり精錬所の一角の火事だと思ったが
どうやら違うようでした。
「土が完全に死んだ」これは、あの当時の食の文化を考えれば
とても恐ろしいことです。
そのような歴史を知ってしまうと「松木村」の現在を
知りたい。跡地になっているのですかね?

Re: No title

ドフラミンゴさん、こんにちは。
松木村調査で風邪を引いてしまいました。
昨日から頭がガンガン痛くて・・・。

松木大火は、集落から発生した火事です。
かわいそうな話です・・・。

風邪を引きながらも、松木村へ行ってきました。
あまりにも悲しい光景でした。

・・・うぅ、風邪と強いノスタルジックでボロボロになってしまいました。

ではでは。
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身近な景色、見慣れた風景からノスタルジックを探索します。
俺は『ノスタルジックハンター』
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